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補遺2 恵みの体験



 神に感謝のささげ物をする特権について、第10課で学ばれた方へこの付録をお送りいたします。
 十分の一及びその他のささげ物を心からする者に対して神は懇切に約束していらっしゃいます。すなわちマラキ書3章7節より12節をくりかえして読みますと実に大いなる神の愛を感じます。そこには神のありがたい約束を信じて実行する者に対する数々の祝福が示されています。これを実行する者を見て全世界の人々が「祝福された者ととなえるであろう」とまで約束されているのです。
 神はこのとうとい十分の一制度を実行してみなさい「試みなさい」と仰せになりましたが、そのお勧めに従った者の結果はどうでしょうか。
 例外なしに大いなる祝福を体験したのです。
 しかし十分の一及びその他のささげ物は自分の利益を第1の目的としてするものではありません。私たちの神に対する感謝のあらわれです。
 この制度にきき従い、忠実に実行したかたの体験をきいてみましょう。


商人の場合はいかにして十分の一をささげるか

 全収入の中から仕入代金、事務人件費、商売上必要な諸費用等を差し引き、残りの純利益の十分の一をささげます。

商人のあかし_東京都T・S 

 現在の商売をはじめてから15年あまりになりますが、当時求道中でありました私は、熱心に教会へ通っていました。
 仕事が軌道に乗るまでは、毎月赤字つづきでしたが収入の十分の一は神さまのものであることを知り、わずかでしたが初めてささげたときの喜びと感謝は、忘れることができません。それから数か月して当時としては、多い収入があるようになりました。
 あるとき、こんなことがありました。
 あるメーカーから紹介された相手が、詐欺師であったため財産根こそぎといってよいほど持ち逃げされました。このとき十分の一をささげたら手形の支払いに困ることはわかっていましたが、聖書のマラキ書3章の約束にすがり手持ち全部をささげました。しかし、その月の売り上げが思いがけなく多くあり無事に支払いをすませることができました。
 その後しばらくは文字通り火の車のやりくりでしたが、十分の一は忠実にささげてきました。その翌年でした。神さまはすばらしい仕事を私に与えてくださいました。そうして、短期間にちょうど持ち逃げされたぶんだけ収入を得たのです。


&deco(b,#4169E1,,){親の学資だけで生活する学生の場合;

 無収入の学生でも心がけ次第でささげる事ができます。たとえば自分の自由意志に任されたお小づかいの中から十分の一はささげられるし、臨時の収入からもささげる事ができましょう。


病人の場合

 学生と同じく自分で働いて生活費をうることはできなくとも臨時の収入、お小づかいなどから感謝の献げ物はできます。

病人の十分の一のささげ物_鹿児島県K・S 
 私は、12年間療養生活の身で、病気のため夫や兄弟に捨てられ、全くの自活で本当にお小づかいさえ貰えない有り様ですけれども、主は空の烏でも養われる事を信じて自活しています。ある日の説教に、十分の一献金をささげる人で、お金に困ったという事を聞いたことがないと話された牧師の言葉に励まされ、十分の一献金をささげるようになりましてから今日まで、お小づかいに心配した事はございません。神様はどなたかの手を通して恵んで下さいます。
 整形という大手術をした時も、信者方の心からなる看護により、健康も回復しました。そして必要なものは全部与えられました。今は少しばかりの菜園作りをしておりますが、まず、初なりを大小にかかわらず神様に感謝のささげものとしています。
 私の十分の一のささげ物は人様と違いまして、まことに少ないものです。けれども神様は喜んで下さる事を信じています。そして十分の一のささげ物も、少しずつながら多くなってきました。


貧しい場合

 いかにわずかでも収入のあった場合、感謝してその一割をささげる事はもちろん、その他のささげ物も、神は金額でなくその犠牲的精神と感謝の心をお喜びになるのです。
 キリストはレプタ(日本の1銭というような少額のもの)2枚をささげた、やもめの態度を称賛なさいました。又、ききんの時、もはやあとに何も残らない最後の食事であったにもかかわらず、そのパンをさいて預言者エリヤに備えた貧しいやもめに対して、神はききんの終わるまで油と粉とを絶えないように補ってくださいました。(列王紀上17:11参照)

思いがけない助け_東京都A・M
 上京してから四か月目に、家の立ち退きを申し渡されました。悩んだあげく、ある方に相談しますと、「ご子息の分も全収入の十分の一をおささげなさい。必ず道が開かれます。」といわれましたので、祈り求めて全的服従をしました。
 その結果、教会の近くに権利金もいらない安い家賃の家を与えられ、すぐ移る事ができました。その引越しに要した2千円の運賃に困っていましたが、なおも神のみ約束を信じて祈りのうちに新しい年を迎えました。
三回目の安息日の朝、書留郵便が配達されたのです。これは私が伝道していた1人の娘さんからの手紙でした。ほんのしるしだけで失礼ですがと、3千円のかわせが同封してありました。それは丁度、私が祈り求めていた額でした。

借金している場合
 借金を全部返してからささげると考えるのは、誤りです。もしそう思うならばいつまでも借金は返すことができないような状態におかれることがあります。借金している時でも収入があればそれを感謝して、十分の一は必ず神の倉に納め、その残りより負債はできるだけ返すように努めるならば祝福されて早く借金はなくなります。

全然収入のない場合
 世には収入以上に課税されたとか、収穫のなかったものも供出を割りあてられたとかの話を聞くことがあります。
 しかし、神へのささげ物はそんな強制的なことは絶対にありません。「もし心から願ってそうするなら、持たないところによらず、持っているところによって、神に受けいれられるのである」(コリント人への第2の手紙8:12)とパウロが教会員に教えている通り収入のないものは献金しなくてよいのです。又「各自は惜しむ心からでなく、また、しいられてでもなく、自ら心で決めたとおりにすべきである」(コリント人への第2の手紙9:7)とあるように、決して無理をしてまで、無いところより納める必要はありませんし、収入不相応な献金を心ならずもするというようなことは、無意味であると言われているのです。しかし収入のないことを口実にして、このささげ物の義務は自分と無関係であると考えてはなりません。
 もし収入があれば、必ず忠実にこの義務を実行することを祈りのうちに約束するものに、祝福が与えられています。
 家督権を兄より欺きとろうとして失敗したヤコブは、無一物で逃避の旅に出なければなりませんでした。その時神の前に自分の罪を悔い改め「あなたがくださるすべての物の十分の一を、わたしは必ずあなたにささげます」と誓いの祈りをしました(創世記28:22)。その後「この人は大いに富み、多くの群れと、男女の奴隷、およびらくだ、ろばを持つようになった」(創世記30:43)とあるように、彼は霊的にも物質的にも、大いなる祝福を与えられたことは、私どもに励ましとなります。

台風にも守られた十分の一_愛知県I・U
 私どもふたりは真理を研究していたひとりの友人を訪問していました。ところがその晩、あの恐ろしい伊勢湾台風に出あったのです。近くを流れていた川は見る間に水かさを増し堤防は切れて両岸の家はほとんどみな押し流されてしまいました。私共のいた家も屋根は飛ぶし、水は2階の床にまであがってきて一時は危険でした。しかし神は私どもの祈りにこたえて下さったので、ようやく難を免れました。
 翌日の明け方に台風は去り水もひきました。家族の人々はただちに水につかった家具や所持品を見るため階下におりていきました。この家の息子さんは近く結婚することになっていたので、結婚費用として数十万円を台所のタイルの下にかくしていたのですが、そこへ行ってみるとタイルは水のためにはぎとられ、お金はタイルもろとも流されていました。
 私どもふたりも、前夜あわてて棚の上に置き忘れたハンドバックをさがしにおりました。するとどうでしょう。部屋のすみにそのままころがっていたのです。一方のハンドバックには十分の一献金も入れてありましたが、そのお金もそのまま無事でした。

3か月後の恵み_山形県U・H
 私は指圧業をいとなんでから45年程になりますが、今から12年前の夏の暑い日キリストは外国の神であると否定しつづけた私が、生まれて初めてキリスト教の講演を聞きに行く様になりました。今にして思えば、かたくなな私の心を変えて下さったのは主の恵み以外には考えられません。それからは自分にはわからない力に引かれて3か月過ぎたころからS先生に什一献金のお勧めを受けました。教えられるままにマラキ書3:10、11の御言を信じ、年が明けた翌年の1月から什一献金をしました。
 マラキ書にある神様はあふるる恵みを与えて下さるかどうか試みてみよとのみ言をかたく信じて献げましたが、それと同時にこれまで平均していた患者さんの数が急にへりはじめたのです。それも3か月程つづきました。しかし牧師から試みが大きければ大きい程、恵みも大きいと教えられ、神様を疑う気持ちは少しもおきませんでした。例年の4割減の収入で3か月程日を送りましたが、その間不安や心配などはなくむしろ喜びと希望で満たされていました。
 その試みの期間を過ぎてからは、今度は急に以前にも増して患者さんが増え、予約なしでは受けられない程になり、この様な状態が什一を献げて以来、13年もつづいています。
 増収もさる事ながら今年75才になりますが、健康が衰えずむしろ信仰を受け入れる前よりも元気に朝8時前から患者を治療しています。これはひとえにマラキ書で約束された神様の大いなる恵みの成就であると信じています。救い主を知った私は体の病いと共に心の傷も共に癒す様に心がけて、1人でも多くの病人を主のもとにおつれしたいと願っています。
 十分の一献金、その他の献金をぜひ実行したいが、どこに納めたら良いでしょうかと、多くの方々から質問を受けますが、聖書を全的に信じ、これに従う教会におさめるべきです。
 皆様のうちで、もしそのような教会に直接納めることのできないかたがあれば、預言の声でそのお取り次ぎをいたします。

 もしこの祝福を体験なさいましたら、どうかとうとい体験のあかしをお送り下さいますようお願い申し上げます。

※サンライズミニストリーストアからテキストもご購入いただけます。
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2巻《13-24課》のお求めはこちらから。
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