カテゴリ:愛

人の苦しみ、神の苦しみ

2017年11月18日 icon_002200_16.pngTag: 金城 重博

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*霊感の言葉*

詩篇119:71
「苦しみにあったことは、わたしに良い事です。これによってわたしはあなたのおきてを学ぶことができました」。

ピリピ1:29
「あなたがたはキリストのために、ただ彼を信じることだけではなく、彼のために苦しむことをも賜わっている」。

キリストへの道2
「けれども罪の結果起った苦しみの中にさえ、神の愛はあらわされている。聖書にも、神は人のために土をのろいたもうたとしるされている。(創世記3:17)いばらとあざみ、つまり、いろいろの困難や試みがこの世の生涯を心配苦労の多いものにしているが、これは人のためであって、罪のもたらした破滅と堕落から救い出すためには、ぜひなくてはならぬ訓練として神がお定めになったのである」。

希望上巻282
「天が人に与えることのできるすべての賜物の中で、キリストと共にその苦難にあずかることは、最も重い信任であり、最高の栄誉である」。

教育311
「罪のために創造主が受けられた苦しみを思う人は非常に少ない。全天はキリストと苦しみを共にしたが、しかしその苦悩はキリストが人性をとって現われたときに始まったのでもなければ終わったのでもない。十字架は、罪が初めてあらわれたときから神の心に生じた苦痛を、われわれの鈍い感覚に示すものである。人が正しいことから離れるたびに、残酷な行ないをするたびに、人性が神の理想に到達できないたびに、神は悲しまれるのである。イスラエルが、神から離れた当然の結果として、敵に征服され、残虐と死という災難がふりかかったとき、「主の心はイスラエルの悩みを見るに忍びなくなった。」「彼らのすべての悩みのとき、主も悩まれて、・・・・いにしえの日、つねに彼らをもたげ、彼らを携えられた」と言われている」。


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