永遠のすみかを切望して

2015年7月25日 icon_002200_16.pngTag: 金城 重博


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Ⅱコリント5:1-9
わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っている。そして、天から賜わるそのすみかを、上に着ようと切に望みながら、この幕屋の中で苦しみもだえている。それを着たなら、裸のままではいないことになろう。この幕屋の中にいるわたしたちは、重荷を負って苦しみもだえている。それを脱ごうと願うからではなく、その上に着ようと願うからであり、それによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためである。わたしたちを、この事にかなう者にして下さったのは、神である。そして、神はその保証として御霊をわたしたちに賜わったのである。だから、わたしたちはいつも心強い。そして、肉体を宿としている間は主から離れていることを、よく知っている。わたしたちは、見えるものによらないで、信仰によって歩いているのである。それで、わたしたちは心強い。そして、むしろ肉体から離れて主と共に住むことが、願わしいと思っている。そういうわけだから、肉体を宿としているにしても、それから離れているにしても、ただ主に喜ばれる者となるのが、心からの願いである。

Ⅱペテロ1:13-15
わたしがこの幕屋にいる間、あなたがたに思い起させて、奮い立たせることが適当と思う。それは、わたしたちの主イエス・キリストもわたしに示して下さったように、わたしのこの幕屋を脱ぎ去る時が間近であることを知っているからである。わたしが世を去った後にも、これらのことを、あなたがたにいつも思い出させるように努めよう。

人間は外なる人、内なる人から成っている。我々の外なる人、肉体は一時的な朽ちゆく住まいである。我々は天から賜る永遠の朽ちない体、栄化される体を待ち望んでいる。死んだらすぐ天国に行くのではない。キリストの再臨の時に不朽の体、建物が与えられる。今は仮住まいの天幕、死んだら裸の状態だが、再臨の時に永遠の住まいが与えられ、主と共にいつまでも住む。


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