火で精錬なさる神

2015年5月23日 icon_002200_16.pngTag: 城間 祥達


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「試練」をどう理解するか?最終時代における「試練」の意味を理解する。

【礼拝説教内容】題:火で精錬なさる神 話:城間祥達

今日は、「火で精錬なさる神」というテーマでお話しします。なぜ試練があるのか?などを考えていきます。初めに引用文をお読みします。

ミニストリーオブヒーリング454
「試練や困難は、神がお選びになった鍛練の手段であって、神が定められた成功の条件である。人の心の中をごらんになる神は、人間が自分自身を知る以上に人間の性質を知っておられる。正しく指導すれば、神の働きを進展さすのに用いることができる能力や感受性を持っている人々がいることを知っておられ、摂理によってこうした人を、いろいろ異なる地位や各種の境遇に導かれるのであるが、それはその人自身知らなかった自己の欠陥を発見するためである。神はこうした欠陥を改める機会を与え、神の働きに適する者となる機会を与えられる。そして、清められるためにしばしば、火のような試練が彼らを襲うことを許されるのである。」

この鍛錬とありますが、これは品性を練り清めます。次をお読みします。

Ⅰペテロ4:12
「愛する者たちよ。あなたがたを試みるために降りかかって来る火のような試錬を、何か思いがけないことが起ったかのように驚きあやしむことなく、」

「驚きあやしむことなく」とは、試練とは無縁だと思っている人に突然やってくるからです。

敬虔な生き方を選ぶすべての者は、試練は必ずやって来る。試練が実際にやって来た時ボロボロに崩されて希望を失うことがないように、イスラエルの民のように、カナンの国を目の前にしながら巨人がいる、城壁は高い、故意の不信と恐怖心を起こして引き返した。不平、不満、つぶやき、神の約束に対する故意の不信、試練と困難に心を奪われた。神が試練と苦悩とを許されるときは「わたしたちの益のため、そのきよさにあずからせるため」(ヘブル12:10)である。

もう一つの引用文にこう書かれています。

ミニストリーオブヒーリング455
「わたしたちが試練に耐えるように召されている事実は、主イエスがわたしたちの中に発達させようとお望みになっている、尊いものがあることを認められていることを示している。もし、わたしたちの中に神のみ名の誉となるものが一つもないとわかれば、わたしたちをりっぱなものにする時間を費やされないであろう。神は、無価値な石を神の炉の中に投げ入れられることはない。神が精練なさるのは価値のある鉱石である。かじ屋は、金属の品質を知るために、鉄や鋼を火の中に投入する。神はご自分がお選びになった者が悩みの炉の中に投げ入れられるのを許し、彼らがどんな性質を持ち、神の働きのために適当かどうかを試されるのである。」

私たちは無価値な石なのでしょうか?神はどのようにそれを判断されるのでしょうか?

各時代の希望上311
「彼らの築いた品性、彼らを通して神が達成された偉大なみわざは、すなおで従順なすべての者に神がどういうことをしてくださるかということについてのあかしである。」

「すべての者」が神に磨かれます。

へブル12:5、6
「わたしの子よ、主の訓練を軽んじてはいけない。主に責められるとき、弱り果ててはならない。主は愛する者を訓練し、受けいれるすべての子を、むち打たれるのである」

神による鍛錬の究極の目的は常にわれわれが神のご品性を反映すること。

へブル12:10
「肉親の父は、しばらくの間、自分の考えに従って訓練を与えるが、たましいの父は、わたしたちの益のため、そのきよさにあずからせるために、そうされるのである。」

天父が患難をお許しになる時は常に神の栄光とわたしたちの益のためである。

患難下177
「神は、われわれの同意と協力がなければ、われわれを助けて下さることができない。」

私達が意志をささげ喜んでそうする者になりたいと望み委ねるならば、救い主はこれをなし遂げる。自分に頼らない。

希望上310
(弟子たちは)「謙遜で教えやすく、キリストがご自分の働きのために教育なさることのできる人たちであった。」

パン作りを通して私たちにどのような試練が与えられるかを見てみたいと思います。

パン作り:大きなボール、容器に粉を入れる。水、砂糖、塩、イーストを入れかき混ぜる。ミキサーを回転させ練りこむ。時には高速回転、また時には低速回転を繰り返す。よく練って30分ぐらいねかす。膨らんで来たら手でこねる、ちぎったり、固めたり、丸めたりして、またねかす。また膨らんで来たら、分割機でカットする。またねかす。膨らんで来たら、ローラで圧縮し、つぶす。そしていろんな形に形成し、パンの形が出来上がる。それをボイル(蒸気)で蒸して早くふくらます。最後にオーブンの中に入れ、パンの出来上がり。おいしいパンができる。

パン作りで重要な事:①温度、②時間、パンの工程で③タイミングが重要
(温度:火で精錬される品性)(神のタイミング)低温で長時間焼くか、あるいは高温で短時間で焼くか?

私達も創造主の形に似て形作られる。品性形成の達人イエス・キリストの御手のうちにある私たちは時には試練からのがれようとする。激しく抵抗し、反逆するかもしれない。ミキサーの回転をゆっくり回してもらいたいときに速く回される。活動したいときにそっと置かれたりする。休みたい時に起こされる。キリストに不平、不満を言いつぶやく、火のような試練の必要性を疑うこともある。

このような時私達は、パン(被造物)であって作る人(創造者)ではない事を思い出す。主の御用のためにおいしいパンとなるために私達は形造られる時、自分でするよりも、パン作る人の方が知恵においても、技術的にも優れている。パン職人の方法に抗議したくなった時に、私達はどのように言ったらよろしいでしょうか?

希望上282
「もし神の子らが始めから終りを見通すことができ、神の共労者として自分の果している栄光ある目的をみとめることができたら、彼らは、神がみちびかれる以外の道を決して選ばないであろう。」もう一つの引用文では「彼らが導かれる事を選ばなければ、神は彼らを導きたまわない」という言葉を忘れないようにしよう。

詩編37:5
「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ、主はそれをなしとげ」る。

神の約束は神ご自身の御手から、神ご自身の方法で、さらに神ご自身のタイミングで頂く時に初めて最善のものとしていただくことができる。私達は性急なあまり神のタイミングの先走りすると完全な神のご意志からそれてしまいます。(パン作りであせるとイーストが膨らまないこともある。)

私達は、次のように祈りたいものです。

詩編26:2
「主よ、わたしをためし、わたしを試み、わたしの心と思いとを練りきよめてください。」

イエスはこう仰せられます、

イザヤ48:10
「見よ、わたしはあなたを練った。しかし銀のようにではなくて、苦しみの炉をもってあなたを試みた。」

これが私とイエス様、つまり作られる人と作る人との関係です。パンは成形の時によいパンか、悪いパンかわかる。オーブンに入れ、火で焼く時には、この良いパンは火がとおりふっくらとおいしいパンが出来上がります。ですからオーブンに入れる前に良いパンか悪いパンかが分かるのです。生ける神の印を受けた聖徒たちは、七つの災い(火のような試練)を通過し、神の栄光を反映するのです。

恩恵期間終了前に良いパンがどれかがわかるのです。

【最後の七つの災害から生き残る方法】

ダニエル12:1
「また国が始まってから、その時にいたるまで、かつてなかったほどの悩みの時があるでしょう。」

神の怒りとして知られている最後の七つの災害は、人類史上かつてなかったほどの「悩みの時」と言われている。神の激しい怒りがその頂点に達する。神の忍耐の限界が来る。けたはずれの試練、迫害がやってくる。この七つの災害は極度に短時間、火の炉の中に投げ込まれる。(高温)

炉の中に投げ込まれたへブルの青年 (ダニエル3:19~25)

ネブカデネザルは怒りに満ち、シャデラク、メシャク、およびアベデネゴに向かって、顔色を変え、炉を平常よりも7倍熱くせよと命じた。3人は火の燃える炉の中に投げ込まれたが、王は、……

ダニエル3:25
「しかし、わたしの見るのに四人の者がなわめなしに、火の中を歩いているが、なんの害をも受けていない。その第四の者の様子は神の子のようだ。」

イザヤ43:2
「あなたが水の中を過ぎるとき、わたしはあなたと共におる。川の中を過ぎるとき、水はあなたの上にあふれることがない。あなたが火の中を行くとき、焼かれることもなく、炎もあなたに燃えつくことがない。」

試練の時にはキリストが共におられるということを覚えましょう。

第六の災いの下死の法令が迫害のクライマックスとなる。サタンは顔色を変え、炉を平常よりも7倍熱くせよ、この短期間炉の火が最高点に達する。しかし神の民は7倍の栄光で出てきた。

大争闘下418
「彼らの顔は神の栄光に照らされて、シナイ山から帰ってきた時のモーセの顔のように輝いている。悪人たちは、彼らを見つめることができない。」

詩編12:6
「主のことばは清き言葉である。地に設けた炉で練り、七たびきよめた銀のようである。」

大争闘下391
「サタンが、神の民をその罪のゆえに責める時に、主はサタンが、彼らを極限まで試みることを許される。神に対する彼らの信頼、彼らの信仰と堅実さとが、激しく試みられる。」

黙示録14:9、10
「ほかの第三の御使が彼らに続いてきて、大声で言った、『おおよそ、獣とその像とを拝み、額や手に刻印を受ける者は、神の怒りの杯に混ぜものなしに盛られた、神の激しい怒りのぶどう酒を飲み、聖なる御使たちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる。』」

「神の激しい怒りのぶどう酒」とは七つの災害のことですね。

第三天使の使命は七つの災害を受けることへの警告と、その災害に巻き込まれない方法も述べている。

初代文集414
「『ここに、神の戒めを守り、イエスを信じる信仰を持ちつづける聖徒の忍耐がある』(黙示14:12)と言って、メッセージを終わっている。(神の民の前にある試みと苦悩の時を彼らに示して、彼らに用心させるためのものであった。)彼は、この言葉を繰り返した時に、天の聖所を指さした。このメッセージを信じるすべての者の心は、至聖所に向けられる。イエスはそこで箱の前に立って、恵みがなお与えられているすべての人々と、知らずして神の戒めを破った人々のために最後の仲保をしておられるのである。」

最後の七つの災害から生き残れる方法は第三天使の使命の中にあるこのメッセージを信じるすべての者の心は天の至聖所に向けられるのであります。

大争闘下393
「悩みの時においても、神の民は、恐怖と苦悩にさいなまれている時、まだ告白していない罪を思い出すならば、彼らは圧倒されてしまうことであろう。絶望が彼らの信仰を断ち切り、彼らは神に救いを求める確信が持てなくなることであろう。しかし、彼らは、自分たちが無価値なことを深く感じてはいるが、告白すべき罪を隠してはいない。彼らの罪は、前もってさばかれて、消し去られている。彼らは、罪を思い出すことができない。」

大争闘下397
「サタンが自分に有利に活用することのできる罪が、彼の中にはなかった。これが、悩みの時を耐えぬく人々のうちになければならない状態なのである。」

罪がない状態で悩みの時を通過しなければならないのです。

恩恵機関が閉じる前に調査審判において、罪の除去、生ける神の印、後の雨を同時に受け、大いなる叫びをするのです。

罪なき「神の印」を持っている者は火で焼き尽くされない。罪あり「獣の印」を持っている者、悪人たち自身が火で焼き尽くされる。

希望上110
「神のみたまは、その力に服するすべての者のうちにあって、罪を焼きつくす。しかしもし人が罪に執着するなら、その人は罪と一体となる。そのとき罪を滅ぼす神の栄光は、当然その人も滅ぼしてしまうのである。」

第六の災いの下、死の法令が迫害のクライマックスとなる。

黙示録16:14
「これらは、しるしを行う悪霊の霊であって、全世界の王たちのところに行き、彼らを召集したが、それは、全能なる神の大いなる日に、戦いをするためであった。」

黙示録16:16
「三つの霊は、ヘブル語でハルマゲドンという所に、王たち(全世界)を召集した。」

三つの霊とは、心霊術、カトリック、プロテスタントのこと。

何のために集まるか?全世界的死の法令を立法化するためである。

大争闘下388
「第4条の戒めにある安息日を聖とする者に対して法令が発せられ、彼らは最も重い刑罰に相当する者として非難される。そして人々は、一定期間ののちには彼らを殺してもよい自由が与えられる。」

一定期間……

黙示録18:10
「バビロンは災いだ。おまえに対するさばきは一瞬にしてきた」(一瞬…1時間、欽定訳)

大争闘下365
「聖書の言葉は、象徴や比喩が用いられていないかぎり、その明瞭な意味に従って解釈さるべきである。」

バビロンは象徴(一瞬、一時だけ黙示録17:12は、時間と欽定訳はなっている。従って360日(預言的一年の日数)÷24時間=15日)1時間・15日

大争闘下161
「国家が『物を言う』(黙示13:15)とは、その立法および司法権の活動のことである。」

ダニエル12:7
「それは、ひと時とふた時と半時である。聖なる民を打ち砕く力が消え去る時に、これらの事はみな成就する…」

「これらの事」とは、大争闘におけるあらゆる迫害行為の究極を表している。1260日の終わりに死の法令が作成されます。

今度は第七の災いに移ります。今までは第6の災いです。

黙示録15:1
「七人の御使が、最後の七つの災害を携えていた。これらの災害で神の激しい怒りがその頂点に達するのである。」

黙示録16:17
「第七の者が、その鉢を空中に傾けた。すると、大きな声が聖所の中から、御座から出て、『事はすでに成った』と言った。」

大争闘下414
「神が、ご自分の民を救うためにその力をあらわされるのは、真夜中である。……この怒ったような天の真ん中に、一か所言うに言われぬ栄光に満ちた澄んだ空間があって、そこから神のみ声が、多くの水の音のように聞こえてきて、『事はすでに成った』と告げるのである。」

1290日、ダニエル12:11は「憎むべきもの」ローマ法王教に焦点を当てている。1290日を終わらせるタイムラインとは「事はすでに成った」という神の声で1290日のタイムラインは終わる。 黙示録16:17

大争闘下415
「神秘的なおそるべき声が、悪人たちの運命を宣告する。」

(「事はすでに成った」と神の声)

天の法廷において、バビロンの失墜と刑の執行を宣言する。ダニエル12:11

1290日タイムラインを終わらせるのは、これらの判決を言い渡す声である

【第七の災いの時 死の法令を実施に移した時、バビロンは倒壊する】

第六の災いの時には法令を作成しただけです。第七ではそれを実施に移すのです。

大争闘407
「戒めを守る人々を死刑にするという全般的布告は、その時日を定めているにもかかわらず、敵たちは、ある場合には法令の時期を早めて、定められた時よりも前に彼らの命を取ろうとする。」

初代文集97
「聖徒たちを殺す布告(死の法令)が発せられた。そのために聖徒たちは、昼も夜も救いを叫び求めた。これがヤコブの悩みの時であった。その時聖徒たちは、みな心を悩まして叫び求め、神のみ声によって救い出された。14万4千人は勝利した。彼らの顔は神の栄光に輝いた。」古代バビロンは壁に字が書かれた「その夜のうちに」滅びた。同じように霊的バビロンも死の法令を実施する「ある定まった時」その真夜中に陥落するであろう。天からの声で神の民が救出されるのも「真夜中」である。 最後の恐ろしい七つの災害から生き残るただ一つの手段は、キリストわれらの義という生ける神の印を受け、天使と全宇宙の住民の前で永遠にわたって罪なくして生きることを表すのである。第六の災い、第七の災い、1260日ダニエル12:7と1290日ダニエル12:11のタイムラインの差となっている30日間にクライマックスを迎えるが、その時神は神の民を救出される。(神の声が「事はすでになった」と宣言します。)

【苦難によって神に栄光を表す】

初代文集143
「あなたがたは、将来、キリストと共に彼の栄光にあずかろうと思うならば、この地上でキリストの苦難にあずかる者でなければならない。」

希望下87
「キリストの全生涯は、かいばおけの時からこのことばが語られた時まで、神の栄光をあらわしていた。そしてきたるべき試練に、神および人としてのキリストの苦難によって、実に天父のみ名があがめられるのであった。」

ルカ24:26
「キリストは必ず、これらの苦難を受けて、その栄光に入るはずではなかったのか」

とイエスは言った。

私はこのために、この時に至ったのです。

ヨハネ12:28
「父よ、み名があがめられますように」とイエスは言われました。

希望中50
「神に対する愛、神のみ栄えをあらわそうとする熱心、堕落した人類に対する愛のゆえに、イエスはこの世においでになって、苦難を受け、死なれたのである。これがイエスの一生を支配した力であった。この原則をとり入れるようにと、イエスはわれわれに命じておられる。」

希望下85
「イエスとともに犠牲の十字架を負うた者はキリストとともにその栄光にあずかる者となる。ご自分の弟子たちがキリストとともに栄光を受けるということが、屈辱と苦痛の中にあってキリストの喜びであった。彼らはキリストの自己犠牲の実である。」

(弟子たちは、パウロ、ペテロはみなイエスのために殉教した。)

神の栄光をたたえる、ただ霊的な意味においてばかりでなく、現実においてそのために死ぬ価値のあるものである。どのような犠牲を払っても仕えるという自己犠牲の愛を私たちは持ちたいと思います。

ヨハネ12:25
「自分の命を愛する者はそれを失い、この世で自分の命を憎む者は、それを保って永遠の命に至るであろう。」

ジョン・フス 火刑にかけられ殉教

もし私の死が神の栄光となるものならば、それが早く来るように、そして私に降りかかるすべての災いを私が忠実に耐える力を主がお与えになるように祈ってほしいと友人に手紙を書いた。殉教の時、フスは火が点じられた時、彼はダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでくださいと歌い出した。

苦しい時に讃美歌を歌うことは良いことですね。

祝福の山31
「あなたが自分の生活に、主の品性の本質である自己犠牲の愛の原則を受け入れない限り、あなたは神を知ることはできない。」

われわれは、火のような試練を受けてもイエスを信じ、神に完全により頼もう。われわれはもっとキリストを愛することができる。そして主の愛を瞑想し、語ることによって、主を愛する能力を増大することができる。一人でいる時も、歩いている時も、働いている時も、救い主と語る習慣をつけなさい。感謝と賛美を神に捧げなさい。

イエス・キリストの現れる時、賛美と栄光と誉に変わるであろう。

Ⅰペテロ1:7
「こうして、あなたがたの信仰はためされて、火で精錬されても朽ちる外はない金よりもはるかに尊いことが明らかにされ、イエス・キリストの現れるとき、さんびと栄光とほまれとに変るであろう。」

詩篇
「27:5 それは主が悩みの日に、その仮屋のうちにわたしを潜ませ、その幕屋の奥にわたしを隠し、岩の上にわたしを高く置かれるからである。」

患難下280
「悪人は肉体を苦しめ、殺すかもしれないが、キリストと共に神のうちに隠されているいのちに触れることはできない。悪人は人々を獄屋に監禁することができても、彼らの心を縛ることはできない。」

コロサイ3:3
「あなたがたはすでに死んだものであって、あなたがたのいのちは、キリストと共に神のうちに隠されているのである。」

レビュー・アンド・ヘラルド1889・12・5
「キリストと共に神の内に隠される。彼の無視、ののしりの言葉や侮辱の試練にたえることができるであろう。なぜなら、彼の救い主がこれらのすべての試練を受けておられるからである。彼は困難が彼を襲うときに、いらだったり落胆もされなかったからである。真のクリスチャンは皆、良い業の力や、功績によってではなく、信仰を通して着せられたキリストの義によって強くなるであろう。人々の間を歩まれた時の天の君のように、柔和と謙遜な心を持ち、心が清く、汚れのない者となるのは、すばらしいことである。」

祝福の山88
「天父のご臨在がキリストを取り囲んでいたので、無限の愛なる神が世の祝福のために、お赦しになること以外は何ひとつキリストの実にふりかかって来なかった。これがキリストの慰めの源であった。私達においてもそうである。キリストのみたまに満たされた人は、キリストのうちに宿っている。彼をねらう打撃は、ご臨在をもって囲んでいてくださるキリストに当たる。彼に起ることは皆キリストを経てくるのである。キリストが彼の守り手であるから、彼は自分で悪に手向かう必要はない」。

祝福の山88
「主のゆるしがなければ、何物も彼に触れることはできない。そして許されることはみな、相共に働いて彼を愛する者たちの益となるのである。」

こんな有り難いことはないですね。

ローマ8:28
「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。」

神のみ摂理の中で、私たちを悩ましてきた事はすべて来るべき世界において明らかにされる。理解しにくかった事が、その時説明される。めぐみの神秘が私たちの前にあらわされる。私たちの限りある知力では、ただ混乱としか見えなかったことや、約束が果たされなかったとしか思えなかったことが最も完全に美しく調和していることを知るのである。私たちは無限の愛が最も苦しいと思われた経験を命じたのだということを知るようになる。

試練と迫害を通して神の栄光、品性、自己犠牲の愛を全宇宙にデモンストレーションするのです。

実物教訓392
「憐れみに満ちた最後の光、世界に伝えるべき最後の憐れみの使命は、神の愛の啓示である。」

黙示録に火で精錬された金を買いなさいと書かれています。やがてやってくる7つの災害は私たちは喜んで受けたいと思います。


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