神の国は近づいた

2019年3月16日 icon_002200_17.pngTag: 金城 重博

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*霊感の言葉*

時を知ることの重要性

大下69
聖書にも、「その日、その時は、だれも知らない。天の御使たちも・・・知らない、ただ父だけが知っておられる」とある(マタイ24:36)。・・・弟子たちは、「あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか」とたずねた。イエスは、彼らにしるしを与えて、そして言われた。「そのように、すべてこれらのことを見たならば、人の子が戸口まで近づいていると知りなさい」(同24:3, 33)。救い主の一つの言葉をもって、他の言葉を無意味にしてはならない。彼が来られるその日、その時はだれも知らないが、われわれは、それが近づく時について教えられており、また、それを知るように求められている。さらにまた、神の警告を無視し、主の再臨が近いことを知ることを拒み、またおろそかにすることは、ノアの時代の人々が洪水の来るのを知らなかったのと同様に、われわれにとっても致命的であることが教えられている。

聖書でよく用いられている「神の国」という表現は、恵みの王国と栄光の王国の両方を指すのに用いられている。恵みの王国は、パウロによって、ヘブル人への手紙の中で述べられている。 キリストが、「わたしたちの弱さを思いやる」ことのできる情け深い仲保者であることを指摘したあとで 、使徒は、「だから、わたしたちは、あわれみを受け、また、恵み・・・・を受けるために、はばかることなく恵みの御座に近づこうではないか」と言っている(ヘブル4:15,16)。

大下40
恵みのみ座は、恵みの王国を代表している。なぜならばみ座の存在することは、王国の存在を意味しているからである。キリストは、多くのたとえのなか で、人の心に働く神の恵みの活動を指すのに、「天国」という表現を用いられた。

そのように、栄光のみ 座は、栄光の王国を指すのである。救い主は、この王国について次のように言われた。

「人の子が栄光の中にすべての御使たちを従えて来るとき、彼はその栄光の座につくであろう。そして、すべての国民をその前に集め」る(マタイ25:31、32)。この王国は、まだ将来のものである。それは、キリストの再臨の時まで建設されない。

大下41
救い主が、その生命をささげ、「すべてが終った」と叫んで息を引き取られた時、贖罪の計画の完成が確保された。エデンにおいて、罪を犯した二人に対してなされた救いの約束は、批准された。これまで神の約束によって存在していた恵みの王国が、この時、設立されたのである。

祝福135
神の恵みのみ国は、罪と反逆に満ちた心が、日ごとに、神の愛の主権に服する時、今も建設されつつあるのである。しかし、神の栄光のみ国の建設は、キリストがこの世界に再臨される時まで完成を見ることはない。


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